こんにちは。ベル・クウォーレ村上優香です。
今日はアロマテラピーから少し離れたブログです。
磯部ボスが伊勢で畑を開墾して育てている真菰(まこも)について少しご紹介できればと思います。
開墾中の真菰畑
刈り取り直前の真菰
真菰(まこも)は、日本の文化や神事とも深く関わってきたとても興味深い植物です。
真菰は、学名 Zizania latifolia といい、イネ科の多年草です。水辺や湿地に群生し、日本をはじめ東アジアに広く分布しています。稲に似た細長い葉を持ち、条件がよいと1〜2mほどの高さになる大型の水生植物です。
日本古来の「清め」と祈りを支えてきた植物
日本では古くから、食用や生活用品として利用されてきただけでなく、神社の神事や仏教行事にも用いられてきました。 特に興味深いのは、真菰が「清め」「無病息災」「豊穣」といった祈りと結びついていることです。
■出雲大社に残る「真菰の神事」 真菰の使用例として特に有名なのが、島根県の出雲大社です。 毎年6月1日に行われる「凉殿祭(すずみどののまつり)」は、別名「真菰の神事」とも呼ばれています。 出雲大社の境内にある「出雲の森」から、御手洗井(みたらしのい)までの道に、神職によって青々とした真菰が敷かれます。 その上を、御幣を奉持した國造が進み、祭典が行われます。 そして
神事が終わると、参列者がその真菰をいただくという習わしがあります。
別名を「真菰の神事」といい、夏を迎えるにあたって、無病息災や五穀豊穣を祈る神事として古くから伝えられています。
2026年も6月1日に行われました。
神事の舞台は「出雲の森」 出雲大社の境内から東へ約100mほどのところに、「出雲の森」があります。ここには大きなムクノキ(椋の木)が御神木として祀られています。
神事では、この御神木の前に祭場を設け、【粢団子(しとぎだんご)】【醴酒(ひとよざけ)】をお供えし、祝詞が奏上されます。その後、出雲國造が大御幣(おおごへい)を奉持して、御手洗井(みたらしのい)へ向かいます。
一番特徴的なのが「真菰」 ここが凉殿祭の大きな特徴です。 出雲の森から御手洗井までの道に白砂・立砂が盛られ、その上に青々とした真菰が一本一本敷かれます。 そして、國造がその真菰の上を歩いて進みます。神事が終わると、参列者がその真菰をいただきます。 そのため、凉殿祭は昔から「真菰の神事」とも呼ばれているのです。 昔から、「神事で踏みしめられた真菰には神徳が宿る」と考えられてきました。
いただいた真菰には、 お風呂に入れる → 無病息災 田畑に埋める → 五穀豊穣 神棚などに祀る → 無病息災を願う といった信仰があります。つまり、単なる植物としての真菰ではなく、神事を通して神聖なものとなった真菰を生活の中に取り入れる、という日本古来の考え方が見えてきます。
凉殿祭には、暑さや夏の障りを避け、夏を健やかに過ごすという意味合いもあります。出雲教の説明でも、凉殿祭は「障りの多い夏を無事息災に過ごせるように祈る祭り」とされています。これは、6月という季節の変わり目に行われることにも意味があります。
現代風に言えば、春から夏へ移る節目に、身体と暮らしを清め、これからの季節の無事を願う神事と考えると、とても分かりやすいと思います。
いただいた真菰を、「お風呂に入れる」「田畑に埋める」ことで、無病息災や五穀豊穣の御利益があるという古くからの言い伝えが残されています。ここでは、真菰は単なる植物ではなく、神事を通して人々の暮らしと祈りをつなぐものとして扱われています。 「真菰を踏む」という神事 凉殿祭で特に印象的なのが、神職によって敷かれた真菰の上を進むという行為です。現代の感覚では「植物を踏む」ということに少し驚くかもしれません。しかし、この神事では真菰を敷いた道そのものが、祭場から御手洗井へ向かう特別な道となっています。そして、その真菰を参列者が持ち帰る。つまり、神事の場に敷かれた真菰 ↓ 神職がその上を進む ↓ 神事に用いられた真菰をいただく ↓ 家庭や田畑へ持ち帰る という流れによって、神事と日常生活がつながっているのです。
そして真菰は「敷く」だけではありません。 出雲大社では、過去の凉殿祭において、参列者への真菰の授与を控えた際、真菰を銅鳥居の内外や神楽殿前に吊るし、その下をくぐる形で無病息災を願うことも行われました。また、現在も神社によっては「真菰くぐり」と呼ばれる行事が行われています。
例えば出雲大社大阪分院では、2026年の夏越しの大祓に合わせて、鳥居に大きな真菰の弧を設置し、その下をくぐって祓いの言葉を唱える「真菰くぐり」が案内されています。 これは、一般的な「茅の輪くぐり」とは別に、真菰を用いて無病息災を願う形です。
仏教の世界では、真菰は特にお盆の行事との関係が深くなっています。 お盆には、ご先祖様や故人を迎えるための「精霊棚」を設け、その上にお供え物などを飾ります。このとき、真菰のござを敷き、その上にお供え物や精霊馬などを置く風習があります。
また、真菰や藁などで作られた精霊馬・精霊牛を飾る地域もあります。きゅうりの馬、なすの牛がよく知られていますが、真菰製の牛馬もあります。これは、お盆に帰ってくるご先祖様の乗り物として考えられてきました。
神社では、神事・無病息災・五穀豊穣と結びつき、仏教・お盆では、先祖供養・迎え・送り・精霊棚と結びついています。
つまり真菰は、宗教施設の中だけで使われる特殊な植物ではなく、**「祈りの場を整え、人と神仏との間をつなぐ植物」**として、日本の暮らしの中に根付いてきたと考えることができます。
真菰は水辺に生える植物です。日本人にとって、水は古くから「清め」と深い関係を持っていました。
そのため、 水辺に生える真菰 ↓ 清らかな水との結びつき ↓ 神聖な植物としての意識 ↓ 神事・祭祀・供養への利用
という文化的な流れが生まれたとも考えられます。 ただし、「真菰そのものに科学的な浄化作用があり、それが宗教儀礼の理由になった」と断定することはできません。
ここでいう「清め」や「無病息災」は、日本の宗教文化や信仰の中で育まれてきた意味として捉えるのが適切です。真菰は、現代ではあまり身近な植物ではなくなりました。しかし、
- 神社の神事
- 夏越しの行事
- お盆の精霊棚
- 盆飾り
- 神事に使う敷物
- 無病息災を願う行事
などに、その姿を見ることができます。
特に出雲大社の凉殿祭は、真菰が現在も重要な役割を担っていることを実際に確認できる貴重な例です。
真菰は、華やかな花を咲かせる植物ではありません。それでも日本人は、その葉を編み、敷き、くぐり、祈りの場に置き、時には持ち帰って暮らしの中で大切にしてきました。そこには、「植物を使って場を整え、心を整え、祈りを形にする」という、日本文化ならではの植物との関わり方が見えてきます。真菰は、まさに「暮らしと祈りの間にある植物」なのかもしれません。
現在は、真菰を「浄化」「デトックス」「波動」「邪気払い」などと関連づけて紹介することがおおくなりました。
植物そのものを暮らしや儀礼に利用してきた日本の伝統植物:真菰を、日々の暮らしの中に取り入れるのもストレス社会になった現代には一つの方法かもしれません。

夏の初めのころの、草刈りも兼ねて現地に行った磯部ボス。
意図せぬところに生えている真菰を持ち帰ろうと帰阪する際に
志摩にある900年の歴史を持つ天永龍神様をお祀りしている某神社に参拝に立ち寄ったそうです。
宮司さんとゆっくりお話しする機会があり、真菰の栽培をしているということをお伝えしたそうです。
「菰(こも)」はマイナスを吸い取る力がありますからね
と、宮司さんから話が上がり持ち帰るはずだった真菰を奉納させていただいたそうです。

伊勢の真菰は、9月の最初の週末に磯部ボス自ら刈り取りを行いました。
昨年12月の東京のイベントで「真菰の杜」というブランドでご紹介させていただきました。
用意したものは初日で完売してしまって、昨年は準備数量も少なめだったのでネットやインスタではあまりご紹介できなかったのです。今年は、磯部ボスが自ら新たに開墾し、収穫したので、ある程度はご用意できそうです。 秋が深まるころには真菰グッズをご紹介できるかもです。 楽しみにお待ちくださいね。
公式インスタグラム アロマ&リラクゼーション ベルクウォーレ〈公式〉(@aroma_belta_cuore) instagram.com 
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今年の秋は、真菰を乾燥させるため磯部ボスの伊勢の拠点作業が続きます。
海風に吹かれながらバーベキューなどなどと妄想が膨らむスタッフ一同です。
真菰栽培は全然手伝っていません💦💦💦
そして伊勢に行くなら伊勢神宮にもお参りしたいです。
そういえば、磯部ボスは毎年、神在月に出雲に出かけてますね。 伊勢神宮も出雲大社も日本人の源流をたどる二大聖地です。
今年の神在月の出雲大社への参拝は、村上も同行しようと画策しています。
次回もお楽しみにお待ちいただけたらうれしいです。
季節の変わり目、体調管理にお気を付けください。










